氏 名
田嶋 伸博 (たじま のぶひろ)
 
生年月日
1950年6月28日
 
住 所
石川県出身/東京都在住
 
役 職
株式会社タジマモーターコーポレーション  代表取締役会長兼社長兼CEO
株式会社スズキスポーツ 代表取締役会長
電気自動車普及協議会(APEV) 代表幹事
磐田新産業創出協議会 理事
チームモンスター 会長
【ドライバーとしての経歴】

「モンスター」と異名をとり、日本はもとよりアジアを代表するドライバーとして、アメリカ、ヨーロッパでもその名を広く知られる。国内ダートトライアル選手権、環太平洋地域の国際ラリー、国際ヒルクライムと、主に3つのカテゴリーに参戦。今なお現役、アジアのラリー界を代表する選手として第一線で活躍する。
18歳でレースデビュー。ダートトライアルにおいて、1トライ目転倒リタイヤ、2トライ目逆転優勝という衝撃的なデビューを果たした。

国内ラリー、ダートトライアルで活躍する傍ら1970年代より日本人選手の草分けとして、海外での国際ラリーにも精力的に参戦。1979年サザンクロスラリー(オーストラリア)では、アジアベストドライバーの表彰を受けた。1982年・1985年にはSCCAプロラリー(アメリカ)で活躍した。
「モンスター」というニックネームは、サザンクロスラリー参戦時の走りに由来する。現地ジャーナリストが「日本からモンスタードライバーがやってきた!」と書き立て、これが後にニックネームとして定着した。

全日本ダートトライアル選手権においては、1991年〜1996年までの7年連続、1999年・2000年の2年連続と、合わせて9回ものチャンピオン獲得を成し遂げた。

海外ラリーへも精力的に参戦し、FIAアジアーパシフィックラリー選手権(APRC)では1995年〜1998年の4年連続を含み、二輪駆動部門チャンピオンを5回獲得している。また、非常にタフなラリーで知られる香港北京ラリーにおいて二輪駆動部門で何度も優勝を重ねた。

国際ヒルクライムでは、1988年から継続してパイクスピーク・ヒルクライム(アメリカ)に参戦し、1995年には日本人初の総合優勝という快挙を達成。そして2007年には、同大会において13年間破られることのなかったコースレコードを破りワールドレコードを樹立。さらに2011年にも自らの記録を破り「10分の壁」を超える新たなワールドレコードを樹立する偉業を成し遂げた。なお、同大会においては2006年から2011年まで6連覇を達成している。また、過去ニュージーランドで開催されていたレース トゥ ザ スカイでは、8回もの総合優勝を獲得。両大会で「キング オブ ザ マウンテン」の称号を得ている。

後進育成にも積極的に取り組み、JAF全日本ダートトライアル選手権/JAF関東ダートトライアル選手権やスズキワンメイクレースシリーズの主催を行い、モータースポーツの発展とドライビングテクニックの向上に尽力。さらに、安全運転のために必要な技術力向上を目指すセフティードライビングフォーラムも全国で開催し好評を得た。著書に「ダート攻略テクニック」があり、ダートドライバーのバイブルとなっている。



 
【事業経営の経歴】

1983年12月に、それまでのモータースポーツ活動の経験・実績を生かし、より多くのモータースポーツ愛好家の手助けができればとの願いから、モンスターインターナショナル株式会社(2005年11月 株式会社タジマモーターコーポレーションへ改組および社名変更)を設立。

1986年5月には、鈴木自動車工業株式会社(現スズキ株式会社)と提携を結び、同社の四輪モータースポーツを担当する株式会社スズキスポーツを設立。競技車両および先行開発車両の研究・開発・製造をおこなっている。

2002年には、FIAジュニア世界ラリー選手権(JWRC)プロジェクトの監督に就任。体制作りを含め、世界進出への足掛かりを築いた。そして2007年には、ラリーの最高峰カテゴリーであるFIA世界ラリー選手権への参戦プロジェクトを推進。チーム監督に就任し指揮を執った。

自動車販売業にも積極的に取り組み、ポルシェ・プジョー・シトロエンなどの輸入車正規ディーラーを展開。スズキアリーナ店も出店している。

2009年、長年にわたりモータースポーツの世界で培った経験と実績を基に、次世代エネルギーとモータリゼーションの研究開発を行う「ナチュラルエナジー事業部」を設立。既存ガソリン自動車の電動化(EVコンバージョン)や次世代型EVコミューターの研究開発をおこなうほか、2010年には、デザイン・設計・製造を全て自社内でおこなうマイクロEVスポーツカー「E-RUNNER ミニスポーツ」を発表・発売した。あくまでもベンチャー企業としての自由な発想や小回りの効く体制で新時代のモータリゼーションを模索している。

また同時にEV普及にも尽力し、「電気自動車普及協議会(APEV)」の発足に関わると共に、2011年には代表幹事にも就任。ビジネスマンとして、レーサーとして世界を駆け回る多忙な日々を送っている。